【インタビュー】胡蝶蘭栽培歴30年の名人が語る、大切に育てるコツ scabos, 2025年1月25日2025年1月25日 早朝の温室に一歩足を踏み入れると、やわらかな日差しに照らされた無数の胡蝶蘭が、まるで白い蝶の群れのように私を出迎えてくれました。 空気は程よい湿度を帯び、土と緑の香りが漂います。その中で、丁寧に花々の様子を確認している姿があります。胡蝶蘭栽培歴30年の名人、森田芳明さんです。 「毎日の観察が何より大切なんです」 そう語る森田さんの表情は穏やかで、長年の経験から醸し出される確かな自信に満ちていました。 静岡県浜松市の温暖な気候は、胡蝶蘭栽培に適していると言われます。しかし、その中でも特に美しい花を咲かせ続ける森田さんの温室には、きっと特別な秘訣があるはずです。 今回は、30年という歳月をかけて築き上げてきた胡蝶蘭との深い絆と、誰でも実践できる育て方のコツについて、じっくりとお話を伺いました。 目次 Toggle 名人との出会い:30年の歩みと胡蝶蘭への想い胡蝶蘭への第一歩:きっかけとなった出会いと苦労話育て続けるモチベーション:家族や地域から受けた支えと思い出胡蝶蘭を大切に育てる基本のポイント水やり・温度管理のコツ:初心者が押さえておくべき基礎知識鉢選びと用土の工夫:プロが実践する根のケア名人流の育て方:30年の経験が生み出す”こだわり”とは日常の観察と微調整:花の様子から読み取る健康状態気候や環境への対応:静岡の風土を活かした独自の栽培方法胡蝶蘭の魅力を引き出すアレンジと飾り方部屋を彩るディスプレイ術:器や配置の工夫で楽しむ四季折々のアート感覚:名人が提案する季節ごとの楽しみ方まとめ関連記事: 名人との出会い:30年の歩みと胡蝶蘭への想い 胡蝶蘭への第一歩:きっかけとなった出会いと苦労話 「最初は本当に何もわからなかったんですよ」 森田さんは懐かしそうに笑います。30年前、まだ20代だった森田さんは、実家の農業を継ぐ予定でした。ある日、取引先の園芸店で見かけた胡蝶蘭の気品ある姿に魅了され、栽培を決意したといいます。 「当時は今ほど胡蝶蘭の栽培情報が豊富ではなくて。失敗の連続でした」 温室の隅には、その頃使っていた古い温度計が今でも大切に保管されています。錆びついた文字盤からは、若き日の森田さんの試行錯誤が伝わってきます。 育て続けるモチベーション:家族や地域から受けた支えと思い出 「妻が『この花は特別よ』って言ってくれたんです」 苦労の日々を支えたのは、家族の存在でした。特に、結婚したばかりの妻がいつも励ましの言葉をかけてくれたことは、今でも心に深く刻まれているそうです。 部屋の一角には、地域の花き品評会で受賞した際の写真が飾られています。そこには笑顔の森田さん家族と、見事に咲き誇る胡蝶蘭の姿が収められています。 「この地域には昔から花を愛する文化があってね。先輩農家さんたちからも多くのことを教えていただきました」 森田さんが大切にしている育成ノートには、先輩たちから教わった知恵が、走り書きながらもていねいに記されています。その一つ一つのページには、胡蝶蘭と向き合ってきた30年の思いが詰まっているように感じられました。 胡蝶蘭を大切に育てる基本のポイント 水やり・温度管理のコツ:初心者が押さえておくべき基礎知識 「この子たちは、私たちの想像以上に繊細なんです」 森田さんは、葉の表面を優しく撫でながら語り始めました。温室の中を歩きながら、水やりの様子を見せていただきます。 「朝一番の水やりが大切です。でも、ただ水をあげればいいというものではありません」 森田さんが使う霧吹きは、長年の使用で持ち手が磨り減っています。その道具で、葉の様子を見ながら丁寧に水分を与えていきます。 胡蝶蘭の育成で最も重要なのは、以下の基本ポイントだそうです。 【基本の水やり&温度管理】 温度:18~28℃が理想 │ ├→ 朝:葉の状態を確認 │ └→ 乾いていれば霧吹きで │ ├→ 昼:直射日光を避ける │ └→ レースカーテンで調整 │ └→ 夕:夜間の温度低下に注意 └→ 冬場は保温対策を 鉢選びと用土の工夫:プロが実践する根のケア 温室の作業台の上には、様々な大きさの鉢が並んでいます。森田さんは一つ一つの鉢を手に取りながら、その特徴を説明してくれました。 「鉢は植物の家。だから、選び方一つで成長が変わってくるんです」 特に印象的だったのは、鉢底の排水穴の工夫です。森田さんは独自の方法で、一つ一つの鉢に適した大きさの穴を開けているそうです。 「根が呼吸できる環境を整えることが、美しい花を咲かせる秘訣なんです」 名人流の育て方:30年の経験が生み出す”こだわり”とは 日常の観察と微調整:花の様子から読み取る健康状態 森田さんの机の上には、古びた革表紙のノートが置かれています。 「毎日の観察記録です。胡蝶蘭は言葉では語りませんが、様々なサインを送ってくれるんです」 ページをめくると、天候や温度、各株の状態が細かく記されています。特に印象的だったのは、葉の色や花の咲き具合に関する繊細な記述です。 「この葉の艶を見てください。健康な胡蝶蘭は、まるで絹のような光沢があるんです」 気候や環境への対応:静岡の風土を活かした独自の栽培方法 「浜松の気候は胡蝶蘭栽培に向いているんです。でも、その恵みを活かすには工夫が必要です」 温室の天井には、季節によって張り替える遮光ネットが設置されています。これは浜松特有の強い日差しを調整するための森田さん考案のシステムです。 「土地の気候を知り、それに合わせた環境づくりをする。それが30年かけて学んだことの一つですね」 森田さんは窓際に立ち、遠くに見える浜名湖の方角を指さしました。 「湖からの風は、胡蝶蘭にとって大切な風です。この風を活かした栽培方法も、長年の経験から編み出したものなんです」 胡蝶蘭の魅力を引き出すアレンジと飾り方 部屋を彩るディスプレイ術:器や配置の工夫で楽しむ 森田さんの自宅に招かれると、まるでギャラリーのような空間が広がっていました。リビングの一角には、和モダンな陶器の器に活けられた胡蝶蘭が、静かな存在感を放っています。 「花は空間の主役であり、脇役でもあるんです」 森田さんはそう語りながら、花の向きをわずかに調整します。その仕草には、長年培われた美的感覚が表れていました。 「器選びも大切ですね。胡蝶蘭の気品を引き立てつつ、かといって主張しすぎない。そのバランスが肝心です」 【空間演出のポイント】 ┌── 光の方向 ↓ □ 窓 ┌────────┐ │ リビング │ │ ↓ │ │ ★花器 │ └────────┘ ※★の位置で、光と影の バランスを取る 四季折々のアート感覚:名人が提案する季節ごとの楽しみ方 「胡蝶蘭は一年を通して楽しめる花ですが、季節ごとの表情の違いを知ることで、より深く愛着が湧いてきます」 森田さんは季節ごとの飾り方について、こんなアイデアを教えてくれました。 【季節の演出例】 春:若葉と共に → 新芽の緑が映える白色品種 夏:涼やかに → ガラス器と水紋の演出 秋:実りの季節 → 古銅色の器でシックに 冬:温もりを → 木製花台でナチュラルに 「花は私たちに、その季節ならではの美しさを教えてくれるんです」 まとめ 取材の最後に、森田さんは一鉢の小さな胡蝶蘭を手に取りました。 「この子はね、30年前に最初に育てた株の子孫なんです」 その言葉に込められた深い愛情と誇りが、胸に響きました。30年という歳月は、単なる時間の積み重ねではありません。それは、日々の観察と対話を通じて築かれた、かけがえのない絆の証なのです。 森田さんの温室を後にしながら、私は改めて「育てる」という行為の奥深さを考えていました。それは、私がこれまで取材してきた陶芸や織物といった伝統工芸の世界にも通じるものがあります。 材料と向き合い、時には失敗を重ねながらも、諦めることなく続けていく。その過程で生まれる作り手と作品との対話。そして、その想いが次の世代へと受け継がれていく。 胡蝶蘭を育てることは、まさに一つの芸術なのかもしれません。 森田さんの言葉を、最後にもう一度噛みしめてみましょう。 「花を育てることは、自分の心も育てること。毎日の小さな発見が、かけがえのない喜びになるんです」 この言葉こそ、30年の歳月が紡ぎ出した珠玉の知恵なのではないでしょうか。 関連記事: 胡蝶蘭をもっと身近に!インテリアに取り入れるアイデア集 コラム